中高年でも、まだまだ、現役。ケンタッキーのマスコットであります、カーネルサンダースは、シニア起業家の1人です。

65歳で起業し10年間で世界企業に上り詰めたケンタッキーです。

カーネルサンダースの生い立ち

インディアナ州クラーク郡ヘンリービルで、ハーランド・サンダースは生まれました。
早くに父を亡くした彼は、家計を助けるため10才から農場に働きに出てからは独学で学びながら機関士、判事助手、保険外交員、フェリーボートなど40種もの仕事につきます。

そして30代後半、「自分の将来は自分で決めよう」と考え、タイヤのセールスをしている時に出会った、石油会社の支配人から勧められてガソリンスタンドを始めました。
しかし、1929年に始まった世界大恐慌によりスタンドはつぶれ、再起をしては店舗の火事や新ハイウエーによる人の流れの変化など、苦難が次々と続き、正に挫折の連続で半生が過ぎます。

成功への道のり

40歳の時、ガソリンスタンドを利用する人たちのために物置を改造して6席だけの小さなレストラン「サンダース・カフェ」を開店しました。
スタンドはサービスの良さで、カフェは味で評判となります。その目玉 が独特なフライドチキン。素材にまでこだわった手づくりの味と細やかなサービスに、来客は列をなし、人々への貢献により1935年にケンタッキー州知事から名誉称号「カーネル」を授与されます。
49歳の時、試行錯誤の末にフライドチキンのオリジナル・レシピを完成させました。

カーネルが65才の時、新しいハイウエーの建設により車の流れが変わって維持できなくなったことから店舗を手放すこととなり、唯一の財産はフライドチキンの調理法だけでした。

しかし、不屈のカーネルは、それを教える代わりに売れたチキン1羽につき5セントを受けるというフランチャイズビジネスを始めます。車で各地を回る強行軍ながらビジネスは成功。
73才の時にはチェーンは600店を超えていました。
ここで権利を譲渡し、その後は、自分の調理法が正しく行われ美味しいフライドチキンがきちんと提供されているか、各地の店舗をみて回ります。その旅は世界各地に及び、年間数十万キロにまでなりました。
「決して引退を考えずにできるだけ働き続けろ」「人間は働きすぎてだめになるより、休みすぎて錆付きだめになる方がずっと多い」。
その言葉どおり、カーネルは90才で生涯を閉じるまで現役を通しました。

カーネルサンダースの名言

人生は自分でつくるもの。 遅いということはない。
人間は働きすぎてだめになるより、休みすぎてサビつき、だめになる方がずっと多い。
いくつになったって、 自分の人生をより価値あるものにするための努力をするべきだ。
何の問題も起こらない人生が、 素晴らしい人生なわけがないのだから。